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心理カウンセラー
 幼少の頃からの夢である心理カウンセラーになったのは、38歳。
天性の本質を見極める視点と多次元的な情報を受け取る才能を融合し、多くのクライアントに変容をもたらす。数々の変容をガイドすることにより「癒しとは目覚め」と実感を新たにする。
「本来の自分で生きる」ことが幸福感や才能開花にもつながることを伝えている。
一回のセッションが、そのときの氣づきだけでなく数年後にも影響を与えるなど、パワフルなセッションに定評があり、ヒプノセラピーのセッションはカウンセラーとして開業する前から実力を発揮。数々の変化を及ぼしてきた。また生来のスピリチャルな感性による洞察と現実とのバランスが絶妙との評価を受け続けている。2006年より、セラピスト育成にも力を入れている。

極度の人見知りで、引っ込み思案、そして、ネクラ真っ暗で、ものすごい恐がり。そんな幼少時代でした。
いろいろな存在が視えて、人々の心の声が聴こえて、それもコワくてコワくて仕方がなかった。
本が友だち。いろんな本を読みあさり、自分の中の自分と対話する毎日。
家の中を平和に保つ技術を磨き、人がコワいならその人を理解していくことで乗り越えればいいんだと発見し、コミュニケーションしながら自らを表現し始める。それが今の私の宝になるとは思いも寄らなかった。

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迷いなく大学は心理学を専攻したかったのに父の大反対にあい、なんと受験直前で大学進学をやめ、自分の人生を自由にするために就職することに。
まったく関心のない法律の世界へ。検察庁に採用され、検察事務官に。そこで夫と出会う。20歳で妊娠。結婚。自分の人生にシアワセが訪れ、戸惑いながらもそのシアワセを育てていくことに!第二子出産を機に専業主婦へ。7年間の子育てを満喫。お金が尽きて、30歳で再就職。またしても関心のない法律の世界へ行くも、先輩に恵まれ、安定した生活を手に入れ、7年間を過ごす。しかし!法律では解決できない世界への思いが高まり辞職。17年遠回りして、やっと心理の世界へ!

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せっかく手にした安定を当たり前のように手放しカウンセラーに。
宣伝もしないのになぜか順調にお客様が増え、自宅で始めたカウンセリングルームを半年後には仙台市内中心部に独立移転。更にお客様は増え、お客様に次々、不思議な覚醒が起こる。
みちびかれるように小さい頃に封じていた感覚がひらかれていく。この仕事において、この能力は、邪魔になるどころか、ギフトだったという衝撃。

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始めてみれば当然、新しいことばかり。それがなんと愉しいことか!
予想外のことの連続で、縁に恵まれ、縁に導かれ、思いも寄らぬ人生の展開が次々と起こった。
それは過去の自分とは無関係ではなく、すべての「自分」が統合されている過程で「人生無駄なことなどないんだ」と圧倒的な迫力で再確認することになった。
人が怖くて仕方がなかった少女は、人が好きで仕方がない自分に目覚めていく壮大なドラマを生きているよう。そしてそのドラマはまだまだ続きがある。

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心理カウンセラー

長年にわたり法曹の世界に奉職するという経験を持ちながら、精神世界にも精通する、異色の心理カウンセラー。
事実を明らかにする現場と、目に見えない世界を扱うスピリチュアルな世界の双方で培った経験で、客観的な視点でクライアントに接するカウンセリングは、地に足の着いた安心感に包まれる。
問題解決や願望達成のための対症療法的アプローチよりも、クライアント自身の持つ根本的要素を明らかにし、クライアント自身がその中から「自分という存在」を再構築することを主眼にしたセラピーを提供する。
また、言語化しにくい、心の世界や精神世界のことを、独自の宇宙観と世界観によって分かりやすく説明することに定評がある。
目に見えない世界と現実世界のバランスと、エネルギーという側面からアプローチするセラピーは多岐にわたり、単なる心理セラピストの枠組みを超えた活動を展開している。

公務員の父と専業主婦の母のもと、第二子長男として生まれる。いわゆる普通の平凡な家庭。
家庭不和があるわけでも、経済的不安があるわけでも、ましてや暴力があるわけでもなく、どちらかといえば恵まれた環境だったかもしれません。
でも、その平凡さがいやで、とにかくそこから抜け出したい、自分の非凡さを求めていた少年・青年時代。
ところが、選んだ職業は公務員。悲しいほどに自分自身を「平凡」の呪縛で縛っていました。
今となっては、その平凡なところこそが自分の才能の一部であり、平凡を極めることで、非凡なバランス感覚を身につけたの思えます。
私の心理カウンセラーとしての特性は、このバランス感覚です。

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運動神経が良いわけでもなく、こちらも平凡・・・
だけど、とにかく身体を動かしていないと死んでしまうくらい、好きなこと。
子供の頃から夢中だったのはスキー。寒いのは大の苦手ながら、父に連れて行ってもらう蔵王のスキー場は、最もお気に入りの場所です。
中学ではテニス部、高校ではスキー部、就職してからは、サッカー部を創設し、40歳まで走り回っていました。
体育会系に憧れ、勝負の世界や自分を追い込む喜びを堪能しました。
今、自分にとって、身体を動かすということは、能動的瞑想のように感じます。

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人生の転機は、まさに妻との出逢いに尽きます。20歳で長男を授かったとき、自分の望む人生、夢や野望の類いは一切捨て、人生は家族に捧げると覚悟しました。
しかし、そこに待っていたのは、それまでの人生で経験もしたことがない深い人間関係でした。
それは、私自身が心から望んでいた愛情の交流であり、自分の中から引き出される愛情に、自分自身が深く癒される経験だったように思います。
そこは、それまで感じたこともない柔らかい、ステキな世界でした。
全く順風満帆ではなかったし、見方によっては、逆風や困難ばかりを選択してきたようにも思います。
それでも、やっぱり幸せなことが圧倒的に勝っていました!
3人の子供たちに恵まれ、父親にしてもらったこと、その子供たちが一人の人として巣立つ姿を見て、何と幸せなんだろう!と涙したことは、一生忘れないでしょう。
プレゼントファミリー(今の家族)での経験は、これから状況がどんなに困難や逆境に見舞われても、きっと自分を見失わずにいられる、自分の中心を思い出す道しるべになってくれると確信しています。

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22年間という長い期間、検察事務官という仕事をしてきました。その世界に問題があったわけでもなく、それどころか、うまくて適応し、評価もされ、将来も嘱望されていました。
でも同時に、それは、ずっと感じていた、「ここは自分の居場所ではない」という自分の感覚を無視して生きることでもありました。
自分の声を無視しない生き方にシフトすることは、自分自身の恐れに直面することであり、概念の枠を超えていくこと。
それは、カウンセリングでクライアントが体験することそのものです。
その先に待っている世界は、あまりにも自由で、豊かです。
クライアントの方々と関わる中で感じることは、目の前の問題は、文字通りの問題ではないということ。
それは、より良い人生にシフトするための試金石であり、自分自身の本当の輝きに気付くための、自分からのメッセージ。
セラピストととして、クライアントのそのシフトの瞬間、気付きの現場に立ち会えることが、何よりの楽しみです。

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